ビールジョッキデザイナー

1.拡大するデザインの職能

「デザインは社会の課題を解決するためのツールである」とのマニフェストを掲げ、「つくらない」デザインを展開する山崎亮氏(以下、敬称略)は、ひとつの大きな事件である。

彼はコミュニティデザイナーである。私のように、建築や空間を扱う端くれとして、コミュニティという課題は、非常に難解で、できれば近寄りたくない領域である。建築界でも70年代頃から「コミュニティなど幻想」という風潮があった。いささか、コミュニティデザイナーとはうさん臭く聞こえる肩書きである。

しかしながら、その実力は「地域活性化は、行政より山崎亮に頼みたい」と賞賛される程、本物であった。圧倒的なコミュニケーション能力から、人気は沸騰(情熱大陸放送以降、勢いは増す)、講演会などでは名刺を持った人々が彼を前に行列をつくる。もはや、アガペーと化しているのだ。故に、山崎亮の「デザイン」は一般市民に広く浸透した。

「美しいモノをつくることだけがデザインじゃない、時にはつくらないこともデザインだ」という概念は、デザインの職能を大きくした。言い換えれば、デザインの敷居を低いものにし、デザインを学んでいない者を巻き込むことに成功した。多くの人間がデザインに関心を持ち、課題解決に取組み、美しい世の中ができる。そんな期待を抱いた直後、一抹の不安に駆られる出来事が起ったのだ。

2.デザインの暴走

その日は、震災復興にデザインが何が可能か、初対面の方々とチームを組み、課題発見からデザイン提案までを行なうワークショップに参加する日だった。前半は山崎亮からデザインの概念についてレクチャーがあり、その後ワークショップが始まった。そこで、とんでもない暴れ馬に遭遇したのだ。

彼女は、デザインを学んだ訳ではないが、震災復興ボランティアに熱心に取り組む人間で、人と人をつなげる山崎亮を尊敬し、つくらないデザイン、課題解決のためのデザインに感銘を受け、このワークショップに参加した、と自己紹介で述べた。ワークショップは、課題発見に30分、デザイン提案に30分という非常にタイトな内容であった。この時点で、今回、限られた時間でデザイン提案できることは、日常をちょっと幸せにするワンアイディアだろうと、たかを括った私に落ち度があったことは認めざるを得ない。(後から聞いた話によると、他のメンバーも同様の予測をしていたらしいが)

いざワークショップが始まると、みんなが出す意見は暴れ馬によって破壊されていく。彼女の言い分はこうだ。「つくらないのもデザインなのよ」「被災地の課題の根本を解決してないじゃない」「人と人をつなぐのよ」と山崎亮よろしく。間違ってはいないが、みんなは、30分でまとめようと思い、論点を絞って話したり、時に自分が折れることで案を収束させたかったのだ。ところがである、「あなたたちデザインやってきたのでしょ」この一言に堪忍袋の緒が切れた私は、「デザインで全てが解決できるのでしょうか」と喰ってかかってしまった。

この質問への回答は、デザインの定義によって、それぞれ異なるであろう。純粋にデザインを信じた彼女に非はない。腑に落ちなかったのは、デザインの力を過大評価するが故に、対象が常に大きな相手(復興のビジョンがない、制度を変えなければetc)のみだったこと。華麗なブレイクスルーや衝撃的なアイディアばかりを求め、日常自体、つまり目の前を考える事をしなかったのだ。定義付けにより、デザインの守備範囲を広げた結果、本来、デザインと呼ばないものまでデザインとなり、デザインであるからにはどんな大変な課題でも美しく解決できるだろうという安直なユートピア思考。デザインが1人歩きしているような不安。これを「デザインの暴走」と名付けた。

3.ビールジョッキデザイナー

次の日、私は、居酒屋で物思いに更けていた。デザインを親しみあるものにしてくれたはずなのに、なぜ自分はこの風潮を気に入らないのだろう。なぜ暴れ馬が口にするデザインに喰ってかかったのだろう。

モヤモヤしているうちに、飲み物が運ばれてきた。「生ビール、お持ちしました。」すると、彼女は、ジョッキの取っ手を私の方へ向け、自分は冷たい反対側を握って渡してくれた。居酒屋でありふれた風景だが、先程から述べてきた定義に沿って言えば、彼女は、「私がジョッキを滑らせるかもしれない」という課題に対し、「ジョッキの渡し方」をデザインすることで解決してみせた。その瞬間、居酒屋のお姉さんは「ビールジョッキデザイナー」と化した。

この違和感こそ、「デザインの暴走」の正体かもしれない。結局、従来ならソフトと呼ばれる部分の提案までデザインと呼んでいるにすぎないのではないか。物事の見方を変えただけだ。ハードのデザインでは解決できない課題に対して、ソフトも含めて提案する事の重要性を説くために、あえて、デザインに新たな定義付けをしたのが一連の山崎亮事件だったのだろう。ハードとソフトを区別することなく引っ括めて考える先に、複雑な絡み合いがあって、新しいデザインの職能がおぼろげに見えてくる、というメッセージと捉える事で「つくらない」デザインをようやく受け入れる事ができたのだった。

ビールジョッキデザイナー

0.余録

人と人をつなげる人と認識されている山崎さんですが、私が思う彼の真骨頂は「ヤクルトおばさん」や「イワレ捏造技術開発機構」などの作品に見られる、鮮やかな視点の変更です。今回の答えも結局そこにありました。

以下、今回のオススメ図書です。

「コミュニティデザイン」山崎亮,学芸出版社,2011.5

「マゾヒスティックランドスケープ」LANDSCAPE EXPLORER,学芸出版社,2006.3

「世界を変えるデザイン DESIGN FOR THE OTHER 90%」シンシア・スミス,英治出版,2009.10

「デザインの輪郭」深澤直人,TOTO出版,2005.12